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植村直己の「若さとは」 [青春]

昨日のサミュエル・ウルマンの青春の詩の中で、若くあるため
の条件として、冒頭に挙げられている言葉がありますね。

曰く、強い意志力、優れた構想力(想像力)、激しい情熱、小心
さを圧倒する勇気、易きにつこうとする心を叱咤する冒険への
希求、とあるわけです。

このサミュエル・ウルマンの詩の中身を、子供たちむけに平易
に話して訴えたとも言える、冒険家の植村直己のちょっとした
挨拶の言葉があります。植村直己版「若さとは」です。

彼は1984年の2月、難関を極める冬の北米マッキンリーに登頂後
に消息を絶つのですが、そのマッキンリー登山の直前にミネソタ
ある野外学校に滞在しているのです。



彼はマッキンリー登山の後に北海道で、同じような野外学校を
設立する予定で、その為の視察の意味合いがあったと聞いてい
ます。そのミネソタの野外学校の生徒さん向けて話した挨拶を
ご紹介します。

  *      *       *       *

君たちに僕の考えを話そう

僕らが子供の時
目に映る世界は新鮮で全てが新しかった
医者でも登山家でもやろうと思えば何でも出来た

しかし、年をとると疲れてくる
人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう
世界の美しさも見ようとしなくなってしまう
大部分の人が夢を失っていく

僕はいつまでも子供の心を失わず
この世を生きようとしてきた

不思議なもの、全ての美しいものをみるために
子供の純粋な魂を持ち続けることが大切なんだ

いいかい、君たちはやろうと思えば何でも出来るんだ
僕と別れたあともそのことを思い出してほしい

植村直己.jpg

  *      *       *       *
植村さんの業績を簡単に振り返ると、日本人初のエベレスト登頂を
含め世界で初めて五大陸最高峰に登っています。1976年に2年がかり
で北極圏犬ぞり旅行、78年にはやはり犬ぞりを使った北極点単独項行
とグリーンランド縦断に成功。そして84年2月にマッキンリー登頂後
に消息を絶ちます。死後に国民栄誉賞が贈られる。

ということに概略なります。世界を代表する冒険家でありますが、
いかにも素朴で普通の人という感じが魅力的でしたね。

ちょっとした偶然で入ってしまった大学の登山部が、世界的冒険家
を生み出すことになってしまったわけですが、一体全体、人生どこで
どうなるやらわかりません。

兵庫県日高町にある植村直己冒険館のホームページにこんな言葉
をみつけました。

植村直己はよくこんなことを言っていました
『不安な時は、小さなことでもいい、今できる行動を起こすこと。』
『あきらめないこと、どんなときでも決してあきらめないこと。』

そういうことなんですよね。
成功の秘訣は成功するまでやり続ければいいわけです。

成功の定義は人それぞれでしょうが、とにかく自分で自分の人生を
諦めて投げることさえなければ、失敗は存在しないわけです。

その為にも、この世を旅立つその瞬間まで精神的若々しさを持って、
生き生きわくわくどきどきと生きたいものだと思います。



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